「なぜなに分析」の危うさと可能性

2026年10月26日

 製造業に限らず、幅広い産業で活用されている「なぜなに分析」。業務でトラブルが起きると、なぜ問題が起きたのかを繰り返し問い、根本原因を探る手法だ。しかし、その分析が「担当者の確認不足」「教育不足」「注意力不足」といった、あらかじめ用意された答えにたどり着くためだけのものになってはいないだろうか。
 人間は誰でも間違える。疲労や睡眠不足、過重な仕事、時間的なプレッシャーなどが重なれば、普段ならしないミスも起こり得る。だからこそ、「なぜ担当者は間違えたのか」だけでなく、「なぜミスを防ぐ仕組みがなかったのか」「なぜ1人の判断に依存し、負荷が集中していたのか」まで掘り下げる必要がある。
 人手不足や無理な納期設定などが原因でも、経営判断が問われず、現場の注意不足に置き換えられるなら、根本原因を究明したことにはならない。結論ありきの分析は、現場への責任転嫁を招き、報告書の完成や注意喚起だけで問題を解決したという錯覚さえ生みかねない。
 また、「なぜなに分析」は失敗時だけでなく、成功時にも必要だ。誰かの頑張りや機転、長時間労働で危機を乗り切っても、「今回も何とかなった」で済ませれば、「人が頑張れば対応できる」という誤った成功体験が残る。
 なぜ乗り切れたのか。仕組みが機能したのか、特定の熟練者に依存していたのか、それとも仕事量が偶然少なかった、取引先が柔軟に対応してくれたなど、自社の努力だけでは制御できない一時的な好条件に恵まれただけなのか。成功の再現性を検証し、偶然の要因や無理の有無を見極める必要がある。
 「成功した方法」と「優れた方法」は同じではない。成功の裏で従業員の疲労や設備の余力、教育や保全の時間を消耗していれば、その方法を繰り返すことは危険だ。危機を何度も乗り切るうちに、無理が「普通」になり、余力を増やすどころか「これで回る」と判断すれば、非常事態が常態化していく。
 人が辞めた、余裕がなくなった、負荷が増えたといった変化も、個人や現場の問題として片付けず、その背景を問わなければならない。分析によって人員配置や業務計画、経営判断に問題が見つかったなら、そこにも手を付ける必要がある。
 「なぜなに分析」は、組織に都合のよい原因を見つけるためのものではない。失敗でも成功でも、不都合な事実を含めて結果を生み出した条件を明らかにし、改善につなげるためのものだ。失敗から学ばない組織も、成功から学び間違える組織も危うい。分析を実施した事実ではなく、何を明らかにし、何を改めたのか。そこまで問うことが、組織を本当に強くするのではないか。

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