事業所の移転は経営環境に応じて

2024年2月26日

 2月も下旬になると年度末が近づき引っ越しシーズン、人生を約80年とすると平均4回から6回ほど引っ越すそうだが、個人・家族が生活の形態を変える節目に引っ越すように、企業だって事業で変化がある際には移転する事が多い。
 時評子は都内のねじ商社2社を訪問したが、そこは1970年代に建てられた商業施設・コンベンションセンターを含む大規模な複合施設のオフィスフロア内に本社を構えており、最近この複合施設の建替えが決定したものの一転、猶予期間として半年から1年ほど延期になっていたが、余裕をもって早めに近隣に移転済みだったり、移転先は決定していても当面はここで事業を継続―とそれぞれ対応に追われていた。
 どちらも別の場所に商品を保管する倉庫等の事業所を構えて本社は事務所機能のみだが、ITの普及や新型コロナウイルス感染症拡大を経てテレワークが発達したとしても重要書類をはじめ大量の紙、そしてPC端末等を保管する為には事務所機能として最低限の空間は必要なのは変わらない、スリム化しても移転というのは会社にとっての大仕事・一大イベントになる。
 1月には能登半島地震が発生したが、その際に「以前より過疎地となりつつあり、インフラ維持のコストを鑑みて復旧・復興でなくこれを機に都市部への住民の移住」といった議論が起きたが、住民の生活が自然を相手にする農業・漁業で生活基盤そのものだったり、長年の思い出や代々の土地だったりとそれぞれに事情があり、そう簡単に移転出来るものではないと分かりつつある。住民の家屋も会社の事業所も、そこに構えるという事は生活基盤・事業基盤となる相応の理由があって、それを前提に最適化されている面もある。
 但し最適化されたとしても、都市部における地価の高騰や元々工業地帯だったのに住宅地になって加工時の騒音・振動、そして大量のトラックの出入りが問題になる等、時代や周辺環境の変化で今まで通りとはいかず、必要に迫られて移転という事もある。
 逆に戦中に都内にあったねじメーカーが疎開で地方に移転したが、戦争終結後もそのまま事業が順調に続いて半世紀以上という事例もある。元々あった現在の都内の地域は工業地帯からすっかり商業地区・住宅地になっており、疎開しなかったとしても工場を構えるスペースを鑑みたら今頃は移転していたはずで、早い段階で広い用地を確保して事業が出来たのは正解だったのかもしれないと考えさせられる。
 移転するからには今まで積み上げてきた点を活かしながら、現時点の、そしてこれからの事業形態を見据えた新たな基盤となる事を考えて選定・構築していく必要がある。

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