最近、某マンガの影響で「7月5日に大災害が起こる」という噂が広まり、一部では緊張感が走った。だが、その日は無事に過ぎ、世の中はほっと胸をなでおろした。災害が起こらないことはもちろん喜ばしい。だが、果たして企業や社会の活動を止めるのは、地震や台風のような「いかにもな災害」だけなのだろうか。企業の多くが策定しているBCP(事業継続計画)は、本来、災害だけでなく、あらゆるリスクに備えるべき包括的な計画である。BCPとは文字通り「事業を継続するための計画」であり、災害対策はその一部にすぎない。それにもかかわらず、実際には「BCP=災害対応」という認識がいまだに根強い。
だが実際に、組織の継続性を脅かす原因は、もっと日常的で“地味”なところに潜んでいる。たとえば、社員の体調やメンタルの不調。あるいは、慢性的な長時間労働や休暇の取りづらさがもたらすモチベーションの低下、評価制度による不信感の蓄積─。それらが重なった末に、社員が離れ、組織が回らなくなる。こうした「人に起因する綻び」こそ、企業にとって最も現実的なリスクの一つである。
現場の疲弊が積み重なり、人が心身ともに限界に達すれば、どんなに設備やシステムが整っていようとも事業は続かない。社員が「出社する気持ち」自体を失えば、その日から継続は止まる。体も心も健やかで、意欲を持って社会と関われる状態でなければ、仕事は成立しない。
つまり、「社員が毎日何事もなく出社してくる」ということは、体調・メンタル・意欲・家庭・交通・社会情勢など、あらゆる条件が揃って初めて成立している、非常に繊細な“奇跡”の積み重ねだ。だが、組織の多くはこの「当たり前」に甘えてしまいがちだ。経営者や管理職がまず備えるべきは、「人がいなくなるかもしれない」という現実的なリスクへの想像力である。
「明日も社員が普通に出社してくれる」ことを当然視してはならない。発展を目指すことは大切だ。しかし、もしその過程で「平常」や「日常の維持」が犠牲になれば、それは本末転倒である。どんなビジョンも、基盤が崩れれば支えられない。「平常を守ること」こそが、最も地味で最も重要な経営戦略である。上に立つ者はまずリスクや負担を背負い、現場が安心して日常を過ごせるよう整えるべきだ。
それは社員を“守る”ためではない。その日常の積み重ねが、組織の安定と発展の両輪を支えるからだ。当たり前の奇跡を維持するには、配慮と想像力、そして仕組みが要る。それなくして未来の成長はない。本当のBCPとは、そうした“日常の脆さ”にこそ目を向け、支え続ける仕組みなのではないか。