2026年1月1日施行の改正により、「下請代金支払遅延等防止法」は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」へと改められ、通称も「取適法(とりてきほう)」に変更される。今回の改正は、名称変更にとどまらず、適用対象の拡大や禁止行為の追加、執行体制の強化などを含む大幅な見直しであり、下請取引の公正化を一段と進めるものとなる。
従来「親事業者」「下請事業者」とされていた呼称は、「委託事業者」「中小受託事業者」に改められ、用語を実態に即したものとした。また「下請代金」は「製造委託等代金」となり、より包括的な取引関係を表現する形に見直された。
改正の大きな柱は、適用基準への「従業員基準」の追加である。これまでの資本金基準に加え、常時使用する従業員数(300人、100人)を新たに加えたことで、資本金規模または従業員数のいずれかに該当すれば委託事業者、中小委託事業者の定義に定められる。資本金を減資して法を逃れる行為への対応となる。さらに、対象取引として「特定運送委託」が新たに追加された。これにより、製造委託や修理委託と不可分な運送の委託も保護の範囲に入り、製造から物流まで一体で取引適正化を図る狙いがある。
禁止行為も大幅に見直され、「協議に応じない一方的な代金決定」と「手形払い等の禁止」が新たに追加された。前者は、中小受託事業者から価格協議の要請があっても、委託事業者がこれに応じず、一方的に代金を決定したり、十分な説明を行わない行為を禁じるもの。後者は、支払手段として手形を用いることにより受託側に資金繰りの負担を転嫁していた商慣行を改める目的で、手形払いを禁止するとともに、電子記録債権やファクタリングなどの方法であっても、支払期日までに代金相当額を満額で受け取ることが困難なものは認めないとした。中小受託事業者の資金繰りを守るための実効的な措置として、改正の象徴的な部分となる。
執行体制の面でも強化が図られた。これまで公正取引委員会が中心的な役割を担ってきたが、改正により事業所管省庁にも指導および助言の権限が付与され、違反情報の提供先としても同省庁が新たに追加された。業種特性に応じた対応を可能とし、より実効的な監督が期待される。
委託事業者の義務として定められている発注内容の明示や記録保存についても、時代に即した見直しが行われた。発注内容を明示する書面交付は、中小受託事業者の承諾にかかわらず電子メールやEDI、SNSメッセージなどの電磁的方法で行うことが可能となる。紙媒体に依存しない電子的手続きの導入により、迅速かつ効率的な取引の推進が図られる。一方で、取引記録を2年間保存する義務は引き続き維持され、取引の透明性確保が求められる。
さらに、遅延利息(年率14・6%)の適用範囲が拡大された。従来は支払遅延に限られていたが、改正により「減額行為」も対象に加わる。中小受託事業者に責任がないのに、発注後に代金を減じた場合、減額を行った日または給付受領後60日を経過した日のいずれか遅い日から、実際に支払いを行うまでの期間に対して遅延利息を支払う義務が生じる。発注後の一方的な減額慣行を抑止する狙いがある。
また、製造委託の対象物品として新たに木型や治具なども追加された。これまで金型に限定されていた保護範囲を拡大し、製造現場で多用される治具をめぐる不当な取引慣行にも対応できるよう制度が整備された。
公正取引委員会は、取適法の施行を前に各業界団体への説明を進めている。10月22日には(一社)日本ねじ工業協会が機械振興会館(東京都港区)で「下請取引の適正化に関するセミナー」を開催し、公取委の担当者が講師として改正内容を解説した。当日はオンライン出席を含め約90名が参加し、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」についても併せて説明が行われた。
ねじ協副会長の高須俊行氏(富士セイラ㈱)は、「賃上げを実現するためには価格転嫁が不可欠であり、改正法の趣旨を正しく理解し、取引環境の改善を通じて業界の発展に寄与したい」と語った。
今回の改正は、単なる法名変更にとどまらず、製造、物流、役務といった広範な分野にわたる取引全体の公正化を目指す制度改革である。中小受託事業者の取引環境の改善を通じて、健全なサプライチェーン構築を促す取り組みとして各業界に理解と対応が求められる。取引適正化が社会全体の持続的成長の基盤となるか、改正後の実効性が注目される。
