日本のものづくりは今、大きな転換点を迎えている。これまで海外展開の中心だった中国市場が構造変化に直面する一方、新たな投資先としてインドへの期待が高まっている。しかし、これは単純な「中国からインドへ」の置き換えで語れる話ではない。両国の経済環境や産業構造を正しく理解し、それぞれの役割を再定義することが重要である。
中国は依然として世界有数の製造大国であり、自動車や電子機器などの生産規模は圧倒的だ。一方で、不動産市場の低迷や内需の伸び悩み、米中対立の長期化を背景に、高成長時代は終わりを迎えつつある。日系自動車メーカーの販売不振を受け、生産拠点の統廃合や事業再編を進める企業も少なくない。日系メーカー向けに事業を展開してきたファスナー企業にとっては、従来のビジネスモデルを見直す局面に入っている。
しかし、中国市場を悲観する必要もない。製造業そのものは依然として高い競争力を維持し、電気自動車や電子機器、産業機械など成長分野への投資は続いている。市場が縮小したのではなく、市場の主役が変わったのである。日系企業への依存から脱却し、中国メーカーや新興産業への提案力を高められる企業には、新たな商機が残されている。
一方、インドは世界でも数少ない高成長市場として存在感を高めている。人口14億人を背景とした旺盛な内需に加え、自動車、電子機器、インフラ投資が同時に拡大しており、ファスナー需要の裾野も広がる可能性が大きい。経済産業省の通商白書が示すように、製造業は経済成長の牽引役となっており、今後も高い成長率が期待されている。
ただし、インドも決して「進出すれば成功する市場」ではない。インド標準規格局(BIS)の強制認証制度は、規格品のボルト・ナットも対象品目であり、日本企業にとって新たな参入障壁となっている。
中国とインドを比較すると、両国の姿は対照的である。市場環境は異なるが、共通するのは「従来の成功体験が通用しなくなった」という点ではないか。
日本のファスナー業界も、「中国かインドか」という二者択一の発想から脱却すべき時期に来ている。中国では高付加価値製品や新興メーカーへの展開を進め、インドでは現地生産を軸とした市場開拓を図る。それぞれの市場特性に応じて役割を明確にし、最適な生産・販売体制を構築することが、これからの海外戦略の鍵となる。世界の製造業は地政学リスクやサプライチェーン再編によって大きく姿を変えている。その変化を脅威と見るのか、新たな成長機会と捉えるのか。中国市場の構造変化とインド市場の台頭は、日本のファスナー業界に「海外戦略を再設計する時代」の到来を告げている。
