近年、映像や音楽といったエンタメ分野では「所有から貸与・配信へ」という消費の変化が顕著だ。家電メーカーの相次ぐブルーレイレコーダー生産中止は象徴的で、著作権管理の観点からも、コンテンツが「所有される時代」は終わりつつある。ただしこれは消費の減少ではなく、所有から利用に重きが置かれるようになったといえる。この潮流が実体のある製品に及んだとき、需要はどう変わるのか。「サブスクやシェア=エコ」という図式は成り立つのか。
サブスクやシェアは所有を減らす一方で利用を促進する。例えば自動車なら利用者と頻度が増えれば稼働率は上がり、同じ期間でも消耗が進む。マイカーが年間1万キロメートル走行する一方で、カーシェアが4万キロメートル走行もあるかもしれない。これは消費量の増加というより、消耗の時間密度の上昇であり、結果として廃車・部品交換の前倒しを招く。
さらに、共有は必ずしも台数削減を意味しない。利便性維持のため供給側が台数を厚く持つ可能性があり、利用者の扱いのばらつきもあって摩耗は早まる。結果として、使い潰しに近い形で回転率が高まる構造が生まれる。そして中古市場と同様、回収・整備・保管・輸送といった維持管理が必要であり、物が減ってもエネルギー負荷が下がるとは限らず、配送・回収・整備の物流は増えうる。
環境面の評価も単純ではない。回収・配送の物流、整備や交換の頻度、データセンターや通信網の電力消費など、複数の要素を含めて考える必要がある。配信も「輸送がない」ように見えて電力依存が大きく、レンタルも物流負荷を伴う。したがって、環境的に優れているかは一概に言えないだろう。経済面でも同様だ。サブスクやシェアは継続収益を前提とし、消費者は利便性やリスク回避の対価として定額を支払う。需要と供給のマッチング向上や在庫リスク低減により企業収益は安定する一方、消費者支出は増えやすい。
では、ねじ・ばね需要はどう変わるのか。自動車のような工業製品なら台数減はあっても、回転率の上昇と消耗の前倒しで相殺され、総需要は大きくは変わらない可能性が高い。むしろ質が変わる。交換頻度の上昇により、長寿命だけでなく標準化・互換性・整備性が重視され、部品単体よりも交換・保守、予防保守、供給安定や劣化予測といった機能が価値を持つ。
結局、サブスクやシェアは環境・経済の両面で単純に「良い」とは言えない。消費形態の変化に過ぎず、物質やエネルギーの削減が自動的に進むわけではないはずだ。むしろ「使い潰し前提で回転率の高い社会」への移行と捉えるべきかもしれない。ねじ・ばね業界も量だけでなく供給と管理の効率で競う局面が重要になる。
