価格転嫁率に限界の表面化

2025年12月8日

 本号1面に掲載した中小企業庁の調査で価格転嫁率が53・5%に上昇し、労務費の転嫁率も初めて5割に達した。しかし、この水準を改善とみなすのは早い。原材料費、労務費、エネルギー費が同時に上昇する中で半分強しか転嫁できていない現実は、むしろ限界の表面化と言える。
 ファスナー業界から寄せられる現場の声は、価格転嫁の交渉に未だ壁があることを象徴している。材料メーカーの値上げ時期が各社で大きく異なるため、ユーザーへの価格交渉のタイミングが定まらず、転嫁の遅れが常態化している。さらに、プロパー材しか使用していないにもかかわらず、依然として「集購材の価格動向」を持ち出し、値下げ材料とする一部ユーザーもおり、実態と乖離した理屈で交渉が押し戻される例も散見される。
 価格交渉に必要なエビデンス提出でも、委託事業者側の負担は大きい。ユーザー指定のフォーマットが自社の実情と大きく乖離し、実際の調達価格や管理コストの積み上げを示したくても、フォーマットがそれを許さない。合理的な説明が阻まれる構造そのものが、交渉力を奪う要因になっている。
 品質要求の高度化も看過できない。精度検査や工程保証、トレーサビリティ対応など、品質関連の管理コストは急増している。しかし、これらは付加価値の源泉であるにもかかわらず、価格に反映されにくい。労務費の転嫁率が5割に達したことは一歩前進のように見えるが、品質管理に伴う追加コストはほとんど認められていない。このままでは必要な投資も設備更新も進まず、現場力の維持すら危うい。
 調査では都道府県間の転嫁率に10%超の格差が生じ、サプライチェーンの階層間でも差は大きい。1次請けは5割を超えるが、4次請けでは4割程度にとどまり、「全く転嫁できなかった」「逆に減額された」とする企業が3割近い。負担が末端に集中する構図は改善が進んでいない。
 今回示された53・5%という数字は、改善ではなく「耐えられる限界」に近づきつつあるサインである。中小企業が必要とする投資、人材育成、生産技術の維持は、この水準では到底賄えない。価格交渉の場が増えたとしても、実質的な交渉力と自由度は依然として限られ、コスト上昇の半分すら正当に回収できていない。調査結果が示すのは、改善の兆しではなく、「対策を急がなければ産業基盤そのものが揺らぐ」という警鐘だ。
 価格転嫁は利益のためではなく産業維持の条件である。53・5%を改善と誤認すれば、中小企業の体力はさらに削られる。現場の実情に即した交渉環境の整備と、合理性を欠く慣行の見直しが急務となる。

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