従業員を守る意思が問われる猛暑

2025年6月23日

 日本の夏は、もはや「異常気象」ではなく「日常のリスク」だ。特に高温多湿という環境は、哺乳類、いや生物最強クラスの冷却機能を持つ人類ですら対応しきれない。人間は全身に発達した汗腺によって大量に汗をかき、気化熱で体温を下げる能力に長けた存在だが、この仕組みは「汗が蒸発する」ことが前提条件となる。
 湿度が高い環境では、汗は皮膚表面にとどまり、蒸発せずにただ流れ落ちる。気化熱による冷却効果が失われるだけでなく、体内の水分と塩分だけが奪われ、脱水とオーバーヒートが加速度的に進行する。つまり、日本の夏は、人類にとって「進化で獲得した武器が通用しない」環境と言える。
 そうした中で、熱中症を「自己管理」で防げという発想には、もはや現実味がない。企業や組織が従業員の命をどう守るか―この問いは、単なる職場環境や待遇の問題ではなく、事業継続計画(BCP)の根幹に関わる課題である。
 象徴的な事例が、昨年の夏に運送会社の倉庫で起きた。室温40度を超える環境下で従業員が働かされ、熱中症の疑いで倒れる者が相次いだ。にもかかわらず、会社側は十分な対策をとらず、従業員側が環境改善を訴えて団体交渉を申し入れた翌日、倉庫内に設置されていた気温計を撤去した疑いが報じられた。これは、リスクの可視化を妨げ、「見なければ責任を問われない」という発想で対応したとも受け取れる行動であり、安全配慮義務の放棄に等しい。
 また高齢者を中心に、暑さや寒さに対する感覚が鈍くなり、自ら異常に気づかぬまま体調を崩すケースも多い。感覚に頼らない「数値による管理」と、組織的・制度的なセーフティネットの整備が不可欠である。
 現場レベルでは塩分補給用のタブレットや飴を「ご自由にお持ちください」と掲示して配布する職場も増えてきた。こうした配慮は小さく見えても従業員の安心感と意識づけにおいて重要な役割を果たしている。
 一方、熱中症対策の装備も年々進化している。ファン付き作業着はもはや建設や物流現場の定番となり、水冷式やドライアイスインゴットを使ったベストも登場している。技術はある。あとはそれを必要な現場に躊躇なく導入するだけの、企業側の意思とコスト感覚が問われている。
 熱中症対策とは、労働安全の一環であると同時に、社会全体の耐久性を示す指標でもある。「暑さに耐えるのが仕事」ではなく、「人が倒れない環境を用意すること」が、職場を維持し、業務を続ける最低条件だ。
 人類の冷却能力をもってしても通用しない―そんな日本の高温多湿を前にして、職場が問われているのは「我慢できるか」ではなく、「守る意思があるか」である。

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